自分の山ボードは雑誌Fall Line(フォールライン)から始まった

山ボードが先か、フォールライン(Fall Line)が先かだったか、、、よく覚えていないが、ほぼ同時期に始まったと覚えている。ということは、20年くらいこの遊びに携わっているということか、、、あまり上手くなっていないが、、。

Fall Line 2005

このころのフォールラインの記事は、アラスカやヒマラヤといった世界の滑走記事と、日本のどちらかと言えば裏山(自分にはレベルの高い裏山)的な記事の大きく2種類に分かれていたと思う。世界の記事はあまり壮大なためかいまいちピンときていなかった。夢中になったのは裏山の記事だったように思える。

スプリットボードを知ったのもフォールラインからだった。2005年の記事の中にクレイグ・ケリー(Craig Kelly)の追悼記事があり、クレイグが使っているスプリットボードを「何だこれは、、、」と思っていろいろ調べたことを記憶している。当時東北ではほとんどスプリットで滑っている人はいなかった。そのため滑り方などは独学。そして自分はほとんどスキーヤーと一緒に滑っているのでスプリットの弱点、強い点がわかり、なんとか弱い点をクリアしスキーヤーに迷惑をかけたくないという一点で工夫してきた。スプリットボーダーの加藤直之さんも山岳レースでスキーに勝ちたくていろいろ工夫していることもわかり、記事等をみて自分で勝手に心強く思っていたのも良い思い出だ。

スキーよりボードはバランスが命なので、スキーほど長くは続けていくのは難しいかもしれないが、高齢になってもスタイリッシュな滑りをしていた地元のボーダーを見て、自分もそういう風に目指していきたいと思っている。

 

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