ここで話すのは、登山の世界でも基礎体力など遺伝子的にレベルが違う人がいてどうにも越えられない人がいるが、好きなことをそれだけ集中して数を重ねればもしかしたら越えることができるかも、、、という話。

マンガを書く人はスーパーだ。絵とストーリー企画、コマ割りなど、どれが欠けても面白いマンガにはならないが、それをほぼ一人で高い次元でまとめてしまう人たちが漫画家で魔法使いでスーパーなのだろう。
そんな魔法使いのような人達の中にも別格な人がいて、荒木飛呂彦さんや鳥山明さん、ワンピースの尾田っちなど、魔法使いの中でも特級クラスの人がいる。
登山の世界でもそうだ。自分の周りでも別格な人達がいて、登山がうまいではなく、体力が鬼のようにあったり、生まれ持った基礎が全く違うと思わせる人がチラホラいたりする。その中でも体力、気力(ヤル気)、知識(効率よくレベルを上げられる)や環境(好きなことに集中できる環境)を持った人達が、K2や冬黒部などで謳歌できる。
一般人の自分ではもう年だし、どこまで行けるかわからない。山を始めたのもだいぶ年齢が上がってからだったので、それほど先は少ない。
ただ、他人と比較するすると、ガッカリすることだらけだが、昨日の自分と比較すると、少しだけできないことができるようになったり、筋肉が増えてる実感があったりと、年齢は上がったがまだ悪くない感覚がある。
そして年齢を重ねれば重ねるほど(経験を積めば積むほど)、地味に毎日研鑽してきたことが、別格だった同年代より、少しだけ上になることもある。マンガ「イニシャルD」でも東堂の社長が「ドライビングに才能なんてものがあるとすれば、それは無い奴よりも少しだけ上達する時間が少なくてすむって程度のもんだ。努力のつみ重ねをひっくり返してしまうほどの天性なんてありえない」(21巻)といっている。ドライビングと登山は違うかもしれないが、おおよそこんな感じだろう。
自分の周りでも毎週1~2回以上の厳しい山行を繰り返した女子が体力特化の界隈エースを追い抜いていく様も見たことがあるし、荒木さんも尾田っちも才能だけでなく、とにかく努力がハンパなかったのだと思う。
ピラミッドの頂点に行く人は神からのギフトが必要になる。ギフトがないと思っている自分も、他人と比べて登山に活かせるギフトがあればそこに全振りして一点突破するとよいのか。
まあ、登山は人と比べるものなのかというと、また違う話になってしまうし、登れないところを登れるようになりたい、と思っているなら、こんなこと書いてないで、とにかく登れっていう話にまとまるな、やっぱり。

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