【登山好きの心理】つらい山登りがなぜか好きなのか

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山登り依存症にならないためにも

 
 

はじめに、登山の好き嫌いの話をしようというときに、こんな話から入るのはなんですが、少しお付き合いください。
 
 

この間、こんな記事を見ました。

「福島・浄土平の希少種「高山植物」盗掘 一晩で痕跡100カ所」
( http://www.minyu-net.com/news/news/FM20170825-198530.php )
出典:福島民友ニュース

 
 

盗掘って、エジプトのお墓盗掘しか聞いたことなかったですが、我が福島県でそういう「盗掘」っていうのがあるとは思ってもみませんでした。
 
 

何が盗掘?

それは、高山植物のランの一種。

どんなラン?

盗掘に遭ったのは国内では希少な種類

その種類は

・ラン科「ホソバノキソチドリ」

・ラン科「コバノトンボソウ」

(これらの種類は、自分は両方とも全くわかりませんでした。)

蘭(ラン)ってお金になるの?

価値があるから盗まれます。

価値がないものは盗まれません。

価値は人間の欲望が作ります。
 
 

この間もオラウータンの赤ちゃんの密輸の記事を見ました。

「密輸の赤ちゃんオランウータン2頭、タイの野生動物センターに保護」
( http://www.excite.co.jp/News/odd/Reuters_newsml_KCN1BP0N0.html )

出典:exciteニュース
 
 

とてもかわいそうでやりきれない記事でした。

そんな記事を見ると

人間の欲望って半端ないと思います。

 
 

そう考えたあとに、ふと、振り返って「登山」が好きな理由を考えてみました
 
 

「登山ももしかしたら、その本能的な欲望のひとつなのか?」

「あまりそうは思いたくない。」

「なぜかというと、自分は「登山」は単にカッコいいからやっているので。」

「本能じゃなく理性でやっていると思いたいので。・・・」
 
 

登山は本能的なのか

山に登るとき、特に環境がキビいしいときに登っていると、「アドレナリンがガンガン出てるな」、と思う時があります。

その感じは何となく本能で登っているという感覚。

根源的な感情で、山頂を目指すときに出てくるアノ感覚です。

そして、山頂に着くと一気にアドレナリンが引いていく感じがして、その後は、精神が仏様のような、全く「とがっていない」平安な気持ちになって行きます。
 
 

あれって、とても不思議です。
 
 

あれも本能などの根源的なものなのでしょうか。
 
 

登山の登頂達成感の中毒性

次はランの盗掘の話。

調べてみると、ランの市場は大きくて、需要はかなりあるようです。

多分、盗掘したヒトは、誰かほしいヒトがいて、その人に売り付けるべくコッソリ盗んだ・・・・と考えるのが自然。

というか、漫画「ギャラリーフェイク」にそんなやり方が描いてありました。

(漫画:ギャラリーフェイク)

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登山も欲望っていうか、本能がそうさせるのかって話をさっきしましたが、自分の場合は、やっぱり、
 
 

登頂による達成感。

 
 

それにつきます。

それ以外はキツいことばかり。

体はつらいわ、汗で不快になるわ、筋肉痛も嫌だし、蚊(か)アブ、蛇などもうっとうしいし、その他もろもろ不快なことはまだまだありますよ。

登山って
 
 

不快にさせる王様じゃないか

 
 

ってほどネガティブ要素がたくさんあります。
 
 

それらの不快なことが、一発で全て帳消しにしてしまうのが、

この「達成感」です。

これら不快なことが、達成感のみで全て帳消しにしてしまうのには、何か理由があるのでしょうか?

ひとつ考えられるのは、
 
 

「中毒性」です。

 
 

「達成感」で、幸せホルモンと言われる「ドーパミン」がでると、中毒性が出てくる可能性があると思います。(これは、自分の考え)

実際、「登山 中毒性」と、オンラインで検索しても、どこにも科学的根拠を元に、ドーパミンによる中毒性がある・・などとは書いてありません。(2017年9月)
 
 

しかし、

「ドーパミンが過剰に分泌されると「過食」に悩まされたり、飲酒・喫煙・ギャンブル等にのめり込んでしまったりするメカニズムがあります。」

みたいなサイトは数多くあります。

↓例えばこれ

これは、登山に対しての証拠になるような研究はないけれども、同じように言えることだと考えます。
 
 

この達成感に加えて、登山の道具や装備類にも中毒性があります。

登山の道具は、カラビナひとつとっても、価格が割高(自分にとってはとても割高)。

登山の準備をするときは、そんな、割高で宝物のような、そんな道具類を準備していると、なんとなくゾクゾクしてくる、そんなときがあります。

このときの気持ちが、子供が新しいオモチャを買ってもらって、それをときどき眺めながら遊んでいるような感覚です。

登山の道具を準備しているときは、あんな感じで、ワクワクドキドキしながら用意してしまうときも、幸せホルモン「ドーパミン」の効果が出てきている気がします。

そういう意味では、登山というのは、なんとなく危険な感じがします。

※実際はピークハントだけが山の魅力ではないですので、全部がこれに当てはまるものではないと思います。
 
 

まとめ

今回の事件も、盗んでまでランがほしいということは、そのコレクターは一種のラン中毒になってるのでしょうね。

中毒怖いです。

そして、登山にも中毒はあると思います。
(あくまで個人的な考えです)

普通の登山をしていれば、それほど危険性があるとは思えません。

しかしこれが、危険な登山や、困難がとても大きな登山をした場合、これは危ないですね。

達成感と、そこまで行くための困難の差が大きくなればなるほど、中毒性は大きくなると感じます。

何を言いたいかというと、本当に長く楽しく登山とするには、そういう危険なホルモンが出る前に、ほどほどの登山にしておくべきなのが、大人かな、ということです。

いろいろ調べているなかで、ウィキペディアの登山家一覧を見る機会がありました

Wikipediaに載っている有名登山家を見ていると、それなりの人数の方々が、下界で死んでいません。ぱっとみると、それほど多いようには見えませんが、下界での死亡する確率を比べると、高いのでは・・と思います 

これも、登山には中毒性があるという理由のひとつじゃないかな・・と思っています。

自分も、キモに銘じておきます。

以上です。おわり
 
 

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