雪山遭難|吾妻連峰・雪山遭難事故など ボクだったらどうしていたか・・

雪山遭難|吾妻連峰・雪山遭難事故とは

雪山の遭難について書いてみました

ボクのいる福島県は昔よりは雪が少なくなりましたがまだまだ山スキーを楽しむ人も多く、それに伴って雪山の遭難事故もそれなりに多いです

ここでは福島県では有名な山スキーの「吾妻連峰雪山遭難事故」から、ボクの場合だったらどうするか・・・解説してみます

吾妻山連峰の画像

 
 

「吾妻連峰雪山遭難事故」は1994年(平成6年)2月13日に起こりました

  1. 概要
  2. 時系列によるボクの解説
  3. 雪山で遭難しない方法はとにかく「天気と地図」
  4. 天気
  5. 地図

 

  1. 大峰山遭難事故というと「SOS遭難事件」(雪山ではない)
  2. 概要
  3. なぜミステリアスな事件となったのか

 
 

概要

福島県吾妻連峰で東京の30代から60代の男女7名の山スキーヤーが「気象遭難」により2名生還、5名が帰らぬ人となった 

(▼コースは「吾妻スキー場~家形山~霧ノ平~滑川温泉~峠駅」
吾妻連峰遭難事故 ルート図

(▼吾妻連峰雪山遭難事故のテレビ編 関係者の慶応吾妻山荘の大柿さんは今でも(2021)ご健在)
▼YouTubeタップで再生
そして5人は帰らなかった ① 吾妻連峰・雪山遭難を辿る

(https://youtu.be/9aSBmp3Riu0)

遭難した一番の理由は「天気予報」の確認不足が一番の原因と思われます
吹雪にならなければ、そのほかのミスはどれも1つだけでは致命的にはならないミス、ただ吹雪がそのミス群を増大させ、悲劇になりました

ご冥福をお祈りいたします

 
 

時系列によるボクの解説

僭越ですが、時系列に沿って事故を説明し、その時ボクならばどのように判断したかなどを解説してみます

 
 
[2月11日(祝日)]
東京駅から乗車、下車は福島駅、この時点で30分ロスが発生している(新幹線「やまびこ」が満席で各駅の「あおば」を使用したため)
タクシーがなく、マイクロバスをチャーター、出発予定の「吾妻高湯スキー場」付近で路面凍結による行ったり来たりがあり、1時間のタイムロスがあった

(※)
ここまでは遠征時のときどきある予定外のロスです
1時間30分のタイムロスはちょっと大きいですが何泊もする登山ならこの程度のロスは折込済みにしておきたいところ
ただ、仕事の調整がうまくつかず、準備をリーダーにまかせっきりにしたり、睡眠を削って登山に向かうことはときどきボクもあります
そういうことがまったくない人は、逆に少ないのではないのでしょうか・・・
新幹線の見込みやタクシーをひろえなかったりすることも少なくないアクシデントなので、このあたりはボクも同じような判断になるかもしれません

 
 
[同 2月11日(祝日)]
出発は「吾妻高湯スキー場」から
ここですでにリフトが止まるくらい風が吹いていて登るのは厳しそうだが、時間ロスを取り戻すべく急ピッチで登り始める
途中慶応吾妻山荘という年間常駐の山小屋があるがここは素通り、この日の目的地「家形山避難小屋」に到着、ここで宴会をして就寝
記録ではこの日の夜に慶応吾妻山荘ではラジオで「急速に発達した低気圧」を知る
だがパーティはラジオを持っていなかったためこの情報を知ることはできなかったということ

(※)
ほかの記録では「慶応吾妻山荘に寄っていればこれからの天気の悪化の情報が少しは得られたかもしれない」と書いている記録もありますが、山荘でも情報が得られたのは夜で、先を急いでいるパーティが山荘に泊まるのは考えにくいため、天候悪化の情報を得る確率は低かったと思います(ボクでもその時の天気を考えると先を急ぐと思う)

とにかくここでの痛恨のミスは天気を知るための機器類(ラジオ)を持っていなかったことに尽きます

次の日の行動判断はとにかく天気次第なので、これを得られなかったのはとても残念
とにかく「地図」と「天気」は登山にとってとても重要だということが確認される出来事

 
 
[2月12日(土)]
この日の朝、好天だったので8:30に出発、そこから白浜尾根に12:00ごろ到着、そのころから天気が急変した、朝の晴れ間は「疑似好天」だったということ
吹雪の中でクライミングスキン(シール)がはがれるアクシデントが続いたりすることもあって、吹雪のなか6時間以上さまよった挙句、白浜と霧ノ平の境目付近でビバーク(緊急避難的野営)する

(※)
この疑似好天の判断はとても難しく、ここで判断ミスをしたということにはならないと考えます
どんなに経験豊富でも、ラジオなどの予報なしで空をみただけで「疑似好天を判断するのはとにかくムリです」
(K2登頂の服部文祥さんも、本「サバイバル登山家」の中で疑似好天で失敗している、そのくらい判断は難しいことだと思う)
ちょうど出発のときに疑似好天がでてしまったのは運が悪かったとしか言いようがない、これが出発のとき暴風だったら、記録の状況から考えると避難小屋から出発することはなかったと思うので、この疑似好天が大きな分岐点だったと思われます
(逆に言うと荒天後の好天は、いつも疑似好天という認識で行動をすると面倒でも良いかもしれません・・・ムリか・・・)

 
 
[2月13日(日)]
朝から猛吹雪、各員の会社の都合のため、ビバーク地から下山を強行、約1.2㎞離れている家形山避難小屋まで戻ることにし、7:00に出発
8:00に白浜尾根で暴風に遭い、ここで女性一人が動けなくなり、運ぼうとするが強風で運べないため、パーティ全員が雪洞を掘ってビバークする(スコップがないので食器で雪洞を掘った)
雪洞が完成したのは22時だった

(※)
女性が動けなくなった理由は「低体温症」ということ、これになると自力で復活は厳しいです
とにかく冬はもちろん夏でも低体温症になることはあるので、登山では特に注意すべき症状のひとつで、ふるえのあとに意識障害が発生したら疑います
対処は濡れた衣服を乾いた衣服に着替えさせたり、それができなければカラダを大量の乾いた衣服で覆います、体温が下がり過ぎた場合はもう自分のチカラでは体温が維持できないので、お湯で湯たんぽを作って加温したりすることになりますが、この状況ではとにかく難しいです(雪洞を掘っている間に他のメンバーも低体温症になったということ、最悪の始まりです)
 

とにかく「風は鬼門」なので非情ですが風が弱まるところに移動できる人を移動させます(そんな冷静な判断ができればですが)雪崩のときでも、事故が起きたらまず助けられる人を先に助けるのが基本、尾根上で暴風が一番強いところは落石地帯の下にいるようなものなので、とにかく長居は無用、ボクならまずそこから逃げます(女性はあきらめます)
ただそのときに自分がそういう判断ができるかどうかは難しい

ここで下界(会社)を気にして下山してしまいましたが、下山しなければどうなっていたか・・・翌日(14日)も翌々日(15日)も暴風、そして翌々日(15日)に下山したAさんBさんの証言でようやくビバーク地を発見したという経過をみると、どんなに早くても3日後の16日に発見収容が予想されます
そうなると、このAさんBさん以外に生き残る可能性はそれほどないと思われるので、やっぱり同じ結果だったと考えられます

 
 
[2月14日(月)]
この日も吾妻山は吹雪の日、8:00に意識があったのは、男性Aと女性B、Cの計3人、リーダーを含む残る4人は呼びかけに答えられずカラダが硬直していたということ、多分死亡していると思われた
続けて下山の準備中に女性Cが動けなくなり、最終的には男性Aと女性Bの2名で下山を始める
白浜から西側(滑川温泉側)に下り、下山を続け16:00過ぎに再度ビバークする
同日の朝に東京の山仲間から福島県警本部に宛てに最初の捜索願提出された(その後時間をおいて、女性Cの家族から最後の捜索願いが出された)
登山計画書の提出がされていなかったので、目撃証言等を元にルートを割り出し捜索を開始する

(※)
2名以外に動ける人がいなくなり、一刻の猶予もありません、ボクだったらとにかく下山方向で風の弱まるところに移動します、AさんBさんと同じ考えです

登山計画書が出されていなかったのは結果的に致命的ではないと思います
日曜(13日)に帰る計画であれば、何かあっても警察連絡は次の日の朝に連絡が普通かなと
携帯電話がさほど普及していないこの時代、山に入ってしまえば定期連絡(トランシーバーならできますが)もできないので、捜索願いのスピードは普通の速さだったと思います
ただ計画書が提出されていて、そこでルートがわかっていれば、もしかしたら14日中に捜索、最速で見つけられればCさんは助かったのかもしれません・・・

 
 
[2月15日(火)]
晴れ間はあるが強風は相変わらずの天気
慶応吾妻山荘に官民の捜索隊があつまり、朝から捜索を開始する
13:00過ぎに男性Aと女性Bが滑川温泉に下山、両者ともひどい凍傷となった
その後両氏の証言からメンバーを捜索、15:00過ぎに白浜でメンバー5人を遺体で発見、収容された

(※)
この時点ではどうすることもできません
風が強いのに、生存者から場所を確認してメンバーをその日のうちに収容できたのは捜索メンバーの力量がすごいと思いました

(参考:ウィキペディア:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%BE%E5%A6%BB%E9%80%A3%E5%B3%B0%E9%9B%AA%E5%B1%B1%E9%81%AD%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E6%95%85)

 
 

雪山で遭難しない方法はとにかく「天気と地図」

友人に聞くと「雪山登山」はどうしても「遭難」というイメージ(八甲田遭難事故など)があるそうで、「雪山ハイキング」といわれると「レジャー」という感じになるそうです

そのイメージのとおり雪山登山で怖いのが「雪山の吹雪(ホワイトアウト)」で遭難することで、「雪崩」も同じくらい怖いです

「吹雪(ホワイトアウト)」で遭難する原因は、ほとんどが天候の悪化です そのため夏以上に天気予報を見て、そしてレジャー寄りの判断をするのではなく、場合によっては厳しい判断(中止)が必要になります

雪崩も原因の基本は気象状況(天気)です(そのほかにも地形などの原因もあります)

雪山ハイキングになるとアクシデントの確率は少なくなりますが、雪原の雪山ハイキングでも天気や環境の変化を見ることを間違えると遭難したり雪崩に遭ったりするので、必要な知識や技術が必要です

交通事故も登山で遭難も同じ事故ですが、クルマは生活に必要で、登山は別に生活には必要じゃないというところに、一般の人のイメージの差があります

登山もレジャーの一つと考えると、プールで溺れるのも同じようだと感じるのですが、一般的に登山、それも雪山で遭難したら「わざわざ危ないところに行くんだから、自己責任で助ける必要なし」と考える人が多いのは確か

助かってもとにかくいろいろ言われてしまうので、雪山はとにかくリスキーです

吾妻連峰の遭難を教訓にすると、雪山で遭難しないためには、「天気」と「地図」が不可欠で、それを知る技術がとても重要になります

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天気

現在でも「ラジオ」は重要

登山の前に地域の周波数を調べておいて、素早く天気予報が聞けるようにしておく必要があります

「気圧計」もあると、気圧の変化がわかるので天気の悪化予報を強化するためにあると便利です

また今は電波がつながればスマホの天気予報がとても便利、寒いところに出しっぱなしにするとバッテリーが少なくなるので、必要なときだけ出して使うのがおすすめです

 
 

地図

吾妻連峰の遭難ではGPSはありませんでしたが、今はそれを駆使して位置がつかめるので便利

ただ雪山のような寒冷の場合は電池がすごいスピードでなくなるので、必要なときだけ出して使うのが良いです

そして吹雪のときはGPSだけを使うのはダメ

吹雪で近距離のGPSも見えないし、凍るし、バッテリーはなくなるしいいことありません

まずGPSや紙の地図で、進方向だけを確認しそれにコンパスをセット、そしてコンパスだけを出してその方向に進みます

30分くらい歩いたら、GPSで再度確認、コンパス修正、この繰り返しです

このとき風を背にしてカラダで覆うようにして確認しないとGPSが凍るので注意です、風を背にするやり方は慣れないと方向がわからなくなるので訓練が必要です

 
 

大峰山遭難事故というと「SOS遭難事件」(雪山ではない)

北海道大雪山で起こった遭難事故のお話

雪山の遭難ではありませんが、有名な遭難事件だったので少し紹介します
(どちらかというとミステリアス性が話題となった遭難で、実際の遭難対策に生かせるかどうかというのは微妙なところ)

 
 

概要

1989年7月24日に大雪山で行方不明になった東京の2名の男性を捜索中に、ヘリコプターからシラカンバの倒木で作られた「SOS」(大きさ5m程度)を発見、そこから2~3㎞離れたところで無事2名を発見したが、「SOS」はその2名が作ったものではなかった
その後「SOS」付近で人骨とカセットテープ、テープレコーダーリュックサックなど発見
カセットテープには一語一語区切るように「SOS」をする男性の音源が入っていたその後1984年に行方不明になった愛知の男性ということが判明して決着となった

 
 

なぜミステリアスな事件となったのか

一番ミステリアスだったのはカセットテープに残っていた音源

 
 
「SOS、助けてくれ、崖の上で身動き取れず、SOS、助けてくれ。
場所ははじめにヘリに会ったところ。ササ深く、上へは行けない。ここから釣り上げてくれ」
 
 

という言葉が一字一字区切られて叫ばれていたため

どうして、どのような理由で録音されたのか不明だったため、ミステリアスになったんですが、確かにこれは不思議

その後2012年に同僚と思われる人の人が「掲示板2ちゃんねる(現5ちゃんねる)に書き込みをしたことでその愛知の男性の「人となり」が少し判明します

大雪山SOS遭難事件で亡くなった遭難者は有能オタクだった

「非常に難解なエネルギー関連の熱量計算もやすやすとこなしていたのが印象的でした。」

ヲタ風で好奇心旺盛なズングリ体型の人で、仕事も上記の計算をカンタンにするような優秀な人ということ

SOSが発見されたのは「旭岳南方の忠別川源流部」ということで調べて見ましたが、ピンポイントではなかなか分かりませんでした

こちらのヤマレコの記事にピンポイントの場所がありましたが、出典が定かではないのでちょっと不確か

SOS遭難事件(1989年7月24日に大雪山山系旭岳で確認された遭難事件) - saitama-nさんの日記
2021年03月02日: 以前、北海道の大雪山山系旭岳で確認された遭難のニュースがありました。白樺の倒木でSOSの文字を作ってあり、遺留品は男物なのに遺骨は女性の鑑定結果。遺留品のカセットテープには救助を求める男性の声。ミステリーじみた様相を帯びます。結論と

※「旭岳南方の忠別川源流部」はかなり広い範囲を示しています「SOS」の内容から「ガケ」で「ササ地」で進退ができなくなる場所、そして登山道からそれほどひどく離れて無い場所というとこのあたりかもしれません

この大雪山の「SOS遭難事件」のように北海道はうねうねとした地形が多く、目印もわかりにくいことが多いです

気温も低く本州のように下りさえすれば人家が見えてくるようなところもほとんどないので、一度迷ってしまうと抜け出せなくなります

夏でも簡単に遭難してしまう大雪山などの北海道の山は、冬はその何倍もの厳しさになると心得てください

とにかく「気象遭難」と「道迷い遭難」がしやすいのが北海道の山です

  1.  3日目に無理に行動をおこしたのが命取りでした。
    人間は水だけあれば少なくとも一週間は生きていけます。

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